子どもの英語学習における TPR の効果と活用法
この記事では、子どもの英語学習における TPR(Total Physical Response)の基本からその応用方法まで詳しくご紹介します
TPR(Total Physical Response)とは?
TPR は、アメリカの心理学者 James Asher 博士が開発した言語教育方法です。
この方法は、指導者が命令を出し、学習者がその命令に従って身体を動かすというシンプルな形式をとります。言語と動作を結びつけることで、より自然な言語習得を目指します。例えば、「Stand up」という命令に対して立ち上がる動作をすることで、言葉と動作を結びつけます。
言葉を動作と一緒に学ぶことで、脳が情報をより深く、より長く記憶することができます。
日本の通常の英語教育方法との違い
日本の伝統的な英語教育方法は、主に文法訳読法と教科書中心の授業が一般的です。この方法では、文法のルールや単語の意味を暗記し、文を訳すことに重きが置かれています。座学が主体で、教師が講義を行い、学生はノートを取り、試験でその知識をテストします。
一方で TPR は、学習者が実際に身体を動かしながら学ぶ方法です。例えば、「jump」という命令を聞いたらジャンプする、「open the door」という命令を聞いたらドアを開けるというように、言葉と動作を結びつけます。これにより、子どもたちは言葉の意味を体験的に学ぶことができます。
TPR のもう一つの利点は、学習者がストレスを感じにくいという点です。従来の方法では、テストや宿題がプレッシャーとなり、学習意欲を低下させることがあります。しかし、TPR ではゲーム感覚で学ぶことができるため、楽しみながら学習を続けることができます。
TPR の基礎原則と具体的な活動
TPR の基本原則は、「聞く → 動く → 理解する」です。これは、言葉を聞いて、その言葉に対応する動作を行うことで、言葉の意味を理解し、記憶に定着させるというものです。指導者が命令を出し、学習者がそれに従って動作を行うことで、言葉の意味を身体で覚えることができます。
基本的な TPR の活動例
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単語と動作の結びつけ
- 指導者が「stand up」と言い、学習者が立ち上がる。
- 「sit down」と言えば、座る動作を行う。
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命令文の理解
- 指導者が「touch your nose」と言い、学習者が自分の鼻を触る。
- 「clap your hands」と言えば、手を叩く。
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ストーリーテリング
- 簡単な物語を通じて複数の動作を組み合わせる。
- 例えば、「The boy jumps, runs, and then sits down」と言い、それに合わせて学習者が動く。
このように、TPR は単純な命令から始めて、徐々に複雑な命令へと発展させることができます。また、学習者が自分で命令を出すようになると、さらに効果的です。
TPR の効果とその根拠
ここでは、TPR メソッドの具体的な効果と、それを裏付ける研究の結果を紹介します。この内容は、Tugba Inciman Celik、Tolga Cay、Sedat Kanadli による研究に基づいています。
1. 成績向上
TPR を使った授業は、成績に強い効果をもたらします。具体的には、TPR を使用した学生の成績は、伝統的な教授法を使用した学生に比べて大幅に向上します。この効果は、さまざまな研究によって実証されています。
- 研究例: Kariuki and Bush (2008)、Kassem (2010)、Türkeş (2011)、Zhen (2011)、Sariyati (2013)、Demir and Çubukçu (2014)、Harrath (2016)、Qui (2016)、Ortiz and Guaraca (2018)、Bulan (2019)、Khakim and Anwar (2020)、Nguyen et al. (2020)、Khusniyati et al. (2020)。
これらの研究では、TPR を使用することで学生の理解度と記憶力が向上し、結果として試験の成績も向上することが示されています。
2. 学習プロセスの向上
TPR は、学生の積極的な参加を促進し、楽しく学び、協力的な学習環境を実現します。学習者は、指示に従って身体を動かすことで、自然な形で言葉の意味を理解します。
- 研究例: Islami (2019)、Octaviany (2007)、Umah (2017)、Nuraeni (2019)。
これらの研究は、TPR が学習者の参加意欲を高め、学習プロセス自体を楽しくする効果があることを示しています。学生は協力して活動に取り組むため、社会的スキルの向上にも寄与します。
3. モチベーションの向上
TPR は、学習者に楽しさを提供し、学習意欲を向上させる効果があります。身体を動かしながら学ぶことで、学習者は自然に英語に対する興味を持ち、積極的に学ぶ姿勢が育まれます。
- 研究例: Hsu and Lin (2012)、Sariyati (2013)、Islami (2019)。
これらの研究は、TPR が学生のモチベーションを高め、学習に対する前向きな態度を育てることを示しています。学習者は楽しい経験を通じて学ぶため、学習への取り組みが一層積極的になります。
4. 語彙学習の効果
TPR は、語彙の習得とその正しい使用、さらには創造力の向上にも効果的です。動作を伴った学習は、単語の意味をより深く理解し、長期的な記憶に結びつけます。
- 研究例: Ghani and Hanim (2014)、Safitri et al. (2017)。
これらの研究は、TPR が語彙学習において非常に効果的であることを示しています。
TPR の利点・強み
TPR の最大の利点は、楽しみながら学べる点です。身体を動かすことで、子どもたちは飽きずに学習を続けることができます。
TPR の具体的な利点
- 記憶の定着
- 動作と一緒に言葉を覚えるため、記憶に残りやすい。
- 学習の楽しさ
- ゲーム感覚で行えるため、子どもたちが楽しみながら学べる。
- ストレスの軽減
- プレッシャーが少なく、リラックスして学習できる。
- 親子での学習
- 家庭で簡単に取り入れることができ、親子で一緒に学べる。
- 全身を使った学習
- 身体全体を使って学ぶため、健康にも良い。
TPR の利点を最大限に活用することで、子どもたちの英語学習を楽しく、効果的に進めることができます。
TPR の欠点・弱み
TPR には限界もあります。例えば、抽象的な概念や高次の文法構造を教えるには不向きです。また、身体を動かすことが難しい環境では実践が難しいこともあります。しかし、これらの欠点は他の教育方法と組み合わせることで克服できます。
TPR の具体的な課題とその対策
- 抽象的な概念の学習
- 抽象的な概念や複雑な文法を教えるのには限界があるため、従来の方法と組み合わせる必要があります。
- スペースの確保
- 十分なスペースがないと動作が制限されるため、家庭や教室のレイアウトを工夫することが求められます。
- 一貫性の欠如
- 継続的に行わないと効果が薄れるため、定期的な実践が重要です。
これらの課題を認識し、適切な対策を講じることで、TPR の効果を最大限に引き出すことができます。
他の教育方法との関係性
TPR は他の英語教育方法と併用することで、その効果を最大限に引き出すことができます。例えば、コミュニカティブ・ランゲージ・ティーチング(CLT)やフォニックスと組み合わせることで、実践的なコミュニケーション能力や発音の向上を図ることができます。
TPR と他の方法の比較
教育方法 | 特徴 | 強み | 弱み |
---|---|---|---|
TPR | 動作と結びつけた学習 | 記憶に残りやすい、楽しい | 抽象的な概念には不向き |
CLT | 実践的なコミュニケーション | 会話力の向上 | 文法や正確さが犠牲になることがある |
フォニックス | 音と文字の関係を学ぶ | 発音の改善 | 読み書きに限定される |
家庭で TPR を取り入れる方法
家庭で TPR を取り入れる方法は簡単です。日常生活の中で英語の命令を出し、それに従って動作を行うことから始めてみましょう。例えば、「Please pick up the toy」という命令を出して、子どもがそれに従っておもちゃを拾う、といった具合です。このように、遊びの中で英語を取り入れることで、自然と英語力が身につきます。
家庭での具体的な取り組み方
- 簡単な命令から始める
- 「Jump」「Clap your hands」などの簡単な命令から始める。
- 日常生活に取り入れる
- 家事や遊びの中で命令を出し、それに従わせる。
- ストーリーを作る
- 簡単な物語を作り、その中で動作を行わせる。
- 一緒に楽しむ
- 親子で一緒に楽しむことで、子どもの興味を引き出す。
家庭での学習が楽しくなることで、子どもたちの英語力は自然と向上していきます。
よくあるトラブルと対処法
TPR を実践する中でよくあるトラブルには、子どもが命令を理解できない、動作を嫌がる、といったものがあります。これに対しては、命令を簡単にし、楽しいゲーム形式にすることで対処できます。また、子どもが興味を持つテーマを取り入れることも効果的です。
よくあるトラブルとその解決策
- 命令の理解不足
- 命令を簡単にし、ジェスチャーを加えて説明する。
- 動作を嫌がる
- 楽しいゲーム形式にし、褒めて動機付ける。
- 興味の低下
- 子どもの興味を引くテーマやキャラクターを取り入れる。
これらの対策を講じることで、家庭での TPR 学習がスムーズに進むようになります。
まとめ
TPR は、子どもたちが楽しみながら英語を学ぶための効果的な方法です。身体を動かすことで言葉の意味を体感し、自然に記憶に定着させることができます。家庭で簡単に取り入れることができ、親子で楽しく学習を進めることが可能です。TPR の利点を最大限に活用し、子どもたちの英語学習をサポートしていきましょう。
参考文献
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